世の中に資格という名の証明書がたくさんある。
資格所持者がモノを申す時代。
なので資格試験の合格をまず目指す。
実務経験は二の次。
ペーパー試験 > 実務。
この構図にいつも疑念を抱く。
実技を得てから最終確認で試験をするのはわかる。
自動車の運転免許はそうである。
でも、世の中にはびこっている資格には、
ペーパー試験だけのものも実に多い。
事務関連の資格においては試験勉強が実技練習にもなるであろうが、
実社会において物理的に行為が必要な専門職は、資格取得だけで実際に行動できるかは疑問だ。
予備知識として資格試験の勉強をするメリットはもちろんある。
だが、資格を所持した時点でその資格の効力を発揮できるかは不明だ。
昔なら、能力のある人に弟子入りして、その師に認められてやっとその道に進める。
それだと確実に技能は身についている。
現代の場合は、ペーパー試験合格により肩書ができる。
そのような現代の資格という名の証明書を信頼できるであろうか。
資格試験市場にハメられているだけに感じる。
知識と行動、どちらも伴ってからの資格である。
経験をつんでから資格を得るのではなく、資格を得てから経験を積む。
これだと資格という存在が軽い気がする。
資格証明書はなくとも、実務経験豊富な人が迫害される世の中だ。
「人を見るのではなくデータを見る世の中」
この言葉を聞いた時、端的でわかりやすく納得した。
確かに今の医者や教師や会社は、数値ばかり追っている。
何もかもデータ化して、見える化して、見えないところは見ていない。
見ないために感じない。
感覚も鈍くなっている。
しかしどの世の中も商売の相手はすべて生身の人間だ。
人を見ずして金儲けができる世の中ということは、それだけ情報化社会の洗脳下に置かれているということだ。
いかにして収集されたデータから外れ、世の中を俯瞰して見ることができるか。
データに当てはまらず我が道を行く、これからも。