こまにまにこ’s blog

夫と子どもをみていて感じること→そして自分の見直し+必要最低限な暮らしを目指して。

着物を身にまとう

着物の生地には元々興味があり、手に入れた着物をほどいて、

服を作ってみたり着てみたり…

そんなことをしていた頃もあったのだけど、最近はほどかずにそのまま、

まとってみるようになった

 

着物のまま着用することに抵抗があったのは、

 袖

 タイトな足元

 帯の締め方…等

動きにくい、着方が難しい、自由がない

そんな勝手なイメージがあったから

 

でも実際はそんなこともなかった

タイトな足元がゆえ、大股歩きは確かにできない

しかし、自然と小股で歩くので身体に負担が少ない

袖の長さは、気になる

これも気になるからこその所作が生まれる

袖を持ち上げて物を取るので動きに品が出る

帯の締め方に関しては、普段着ならなんでもいいということだ

着物がはだけず活動できるように結べればよいのだ

 

着物を着るのが大変というイメージは、フォーマルな着方でのことだったのだ

 

考えてみれば、洋服でもフォーマルな着こなしはやはり悩む点が多い

それと同じだったのだ

 

普段着の着物は、普段着の洋服と同じように、その日の自分の活動に合わせて

着こなせばそれでよいのだ

そもそも着物が一般的な身にまとうアイテムだったのだから当然ちゃあ当然だ

 

厳格な規律があるのはフォーマルとして着用する着物についてのみであること

 

着物ってフォーマルってイメージしかなかったのは、既に普段着が洋服であったのと

普段着物の生活を目の前で見たことがなかったから

着物を目にするのは、七五三や成人式や結婚式と、特別な日だけだった

いかに着物から遠のいた生活をしていたかがわかる

 

ここ数年の私服選びでは、袖ぐりの大きなも、ハイウェストなもの、

それでいて全体的にゆったりしたシルエットを選ぶようになった

 

その選んだ服は、どこか着物に通ずるものがあると感じる

 

と、ふと、それなら着物でいいんじゃない?とも思った

が、自転車に良く乗るので、着物で自転車は乗れない?かなと

でもネット検索してみると、着物で自転車を乗る人もちらほら

破れるかもしれない覚悟はいるかも

 

でもやっぱり着物を着て、草履を履いて、ちょこちょこと歩く方が、

ゆとりがあっていいと思う

 

着物が敬遠された理由に、時短があるのじゃないかと思う

せかせかした現代には優雅な振る舞いは省かれ、心の余裕も省かれた

そんな気がする

 

もし、現代人がみんな着物を着ていたら、

街を行き交う人々にももっと気品があって、

周囲に気遣いもでき、雑踏もなく、

みんながゆとりある行動ができるのでは?

との妄想すらしてしまう

 

そのぐらい、着物には日本人らしさが詰まっている

 

日本人気質を呼び覚ますには着物がもってこいである

 

子供に着物を着せたとき、一目瞭然だった

まず、所作が自然とおとなしく、上品になったのだ

袖の振りがあり、足元が開かないため、

子供なりに着物に合わせた動きをしていた

 

生活には、「衣食住」といわれるが

まさしく「衣」は「着物」

着物を着るだけで着物から教わることがたくさんある

 

無限の可能性を感じる「着物をまとう日」をもっと増やしていこう!!